2013年、28歳の時に始めたオンライン英会話講師の仕事。
教えることが本当に好きで、筋痛性脳脊髄炎(ME)持ちで働くこと自体が大変でも、楽しくレッスンをしていました。
しかし仕事を始めてから、中高生とのレッスン時に得体の知れない居心地の悪さ、罪悪感のような感覚を常に抱いていました。
当記事ではその謎の居心地の悪さと罪悪感、そしてその存在に気づいたきっかけになった出来事について書きます。
楽しい仕事、しかし…
私が教える仕事が好きだと気づいたのは、友人に頼まれお試しで英語を教えることになった26歳の時。
私はせっかちところがあり、人の疑問に丁寧に答えることなどできるはずがないと思っていた中の挑戦でした。
いざ教えてみた時、自分の知識を伝えたときの友人の楽しそうな笑顔をみて、自分の英語が人の役に立つことを実感し、講師業に興味を持ちました。
実際、英会話講師になって、レッスンをすることはもちろん、教材や課題を作ったりすることにとてもやりがいを感じました。
▲手作りが好きなので、レッスンで使うカードも自作です。
講師になり半年を過ぎた頃、仕事にも慣れ始めてからだんだん違和感を感じるようになりました。
レッスンでは英文を上手く発音できたり、難しい問題に正解した時、中高生の生徒たちは屈託のない笑顔を見せてくれます。そんな時、とっても嬉しくなるのと同時に:
「こんな自分が彼らの貴重な時間を無駄にしてしまって良いのだろうか?」
「こんな自分とのレッスンより、他の先生とレッスンのほうがずっと彼らのためになるのではないか?」という言葉が心に浮かびます。
私には中学時代、学校に行くたび先生たちから「怠け者」「サボり」「根性なし」呼ばわりされ、それが20年以上たっても消えない傷となってしまった経験があります。
大人が中学・高校生に与える影響の大きさを身をもって知ってしまったがゆえ、自分の何気ない一言が生徒たちを傷つけてしまうのではないか、怖くて仕方がありませんでした。
「ダメ人間な自分には彼らの時間を共有する資格はない」とも思っていました。
もちろん頭では、英語のプロとして彼らの役に立っていることも、楽しんでレッスンを受講してくれていることもわかります。私のレッスンが嫌なら、彼らはそもそも予約をしなくて良いわけですから。
でも心はどうしようもならないのです。そもそも自分の心がそんな風に感じているなんて、夢にも思っていなかったからです。
レッスンの準備をどんなにしても、生徒たちがどんなに笑顔を見せてくれても、霧は晴れませんでした。
この得体の知れない罪悪感、居心地の悪さに気づくきっかけとなったのは、友人の貸してくれた「おもいで金平糖」という漫画でした。
1巻、主人公の兄の「ゴールテープの先に自分を大声で応援している未来の自分がいる。がんばれ。辛い時 頑張れた自分は未来の自分の一番の味方になってくれるよ」という台詞。
この言葉を読んだ時、心の中で何かがプッツリ切れました。そして堰を切ったように涙があふれ出てきました。
怠け者呼ばわりされつらかった中学時代、MEのせいでなかなか卒業できず長かった高校時代、翻訳者にも英会話講師にもなれずもがいた2年間。
目の前につらかった出来事が次から次へと蘇ってきます。
バカにされても、ひたすら前を向き続けた自分。
どんなにMEの症状がひどくても諦めず勉強を続けた自分。
つらい思い出を全て封印してがむしゃらに進んだ自分。
その時頑張った自分がいるから今の自分がいる、唐突に心からそう思えました。
自分はダメ人間でも怠け者でもない。それどころか、誰も真似できないほどの頑張り屋なのだと、ようやく自分を認めることができました。
本当によく頑張ったじゃん。
もう認めてもいいじゃん。
もう自分を責めなくてもいいじゃん。
心からそう思えるようになりました。
そして現在…
この出来事から2年弱。今では自信を持って生徒と接し、彼らの成長を楽しみ、自身も講師としての成長を楽しめるようになりました。
自分自身が今講師として「先生」と呼ばれる立場になり、中高生と関わるようになるとは人生は本当に不思議なものです。(私の生徒さんは社会人より、なぜか中高生が多いです。)
ただこうして記事にまとめてみて、自分を苦しめていたのは中学時代のトラウマだけではない気もしてきています。
苛烈な学生時代の出来事は、実はまだ思い出せていないこともあります。今回の出来事のように、これから先ふとした瞬間に気づきとなって現れるかもしません。
その時は、またその時ですね。
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